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西国巡礼善峯寺

西国三十三所で紫陽花で有名な善峯寺に4年ぶりに参拝してきました。初めてお参りした時は、高槻市にあるポンポン山を登り、善峯寺を目指しましたが、その時まで紫陽花がこんなに咲いている事を知らずにいました。目の前に紫陽花が一面に咲いている小高い丘を見て余りにも美しくて、翌週も別のメンバーと参拝したものです。善峯寺へ行くには、公共交通機関を使っても行くことができていましたが、この5月末にバスが廃止になりました。細いバス道で、車掌さんが降りて道幅を確認する場所が何箇所かあったので昨今の人員不足や乗車人数減少が影響しているのでしょう。今回は気温も高く歩くにはキツそうだったので、阪急東向日駅から往復タクシーを使いました。善峯寺は紫陽花だけではなく、春は桜が見事に咲き、秋には秀明菊と季節毎に楽しむ事ができます。これからも季節毎に参拝させていただきます。


善峯寺は平安中期の長元2年(1029)源算上人により開かれました。源算上人は比叡山横川の恵心僧都(源信)に師事して、47歳で当山に入り、小堂に御自作の千手観音を本尊として奉安されます。長元7年(1034)後一条天皇より鎮護国家の勅願所と定められ、「良峯寺」の寺号が下賜されます。長久3年(1042)後朱雀天皇勅命により、洛東鷲尾寺の仁弘法師御作千手観音を当山に遷して本尊とされて、先の観音像を別に祀られました。建久3年(1192)後鳥羽天皇より現在の「善峯寺」の宸額が下賜されました。また白河天皇や後花園天皇により伽藍寄進整備がなされ、後嵯峨天皇や後深草天皇など皇室の御崇敬をうけました。

鎌倉時代には慈鎮和尚や証空上人が住職を勤め、また西山宮道覚入道親王を始め、青蓮院門跡より多くの親王が住され、他にも多数の僧の入山により、室町時代には僧坊52に及びますが、応仁の乱により大半の坊が焼失しました。その後、江戸時代には徳川5代将軍綱吉公の生母である桂昌院を大檀那として、現存の鐘楼・観音堂・護摩堂・鎮守社・薬師堂・経堂が復興されて、幾多の貴重な什物が寄進されました。
現在の当山は、西国三十三所観音信仰、遊龍の松、桜・あじさい・秋明菊・紅葉など季節の彩り、京都市内の眺望が特徴です。また所有地36万坪、境内地3万坪、多くの堂塔伽藍ならびに数百点にのぼる貴重な什物を受継いでいます。

(善峯寺のHPより)


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