730COURT(交差点)

730交差点は、石垣市街地中心部にある市役所通りと桟橋通り、国道最西端である390号線が交わる大きな交差点です。石垣島離島ターミナルより徒歩5分のところにあり、北は市街地のメインストリートである市役所通りにつながっているなど、石垣島の要所と位置付けられています。周辺には飲食店が数多く立ち並ぶなど、非常に賑やかなエリアです。
第二次世界大戦後、アメリカに占領された沖縄県内は、昭和20年より車は右側通行というルールが提要されていました。しかし、沖縄が本土に復帰した6年後の昭和53年7月30日に、一斉に車が左側通行になる交通ルール変更がなされました。「730」は、沖縄の日本返還を強く意識させる、とても意味がある出来事だったという意味が込められています。
昭和53年7月29日夜10時から翌30日午前6時まで、バスやタクシー、緊急車両などを除いた一切の車両を通行および駐車禁止にして、道路標示や標識を全て完成させました。大工事をスムーズに進めるため、「ナナサンマルの歌」を作って県民に知らせるなど工事の周知も万全に行い、警察官が4000人以上動員されましたが、雨の中だったそうで大変さは計り知れません。
右側通行から左側通行への交通ルール変更を、昭和53年7月29日夜10時から翌30日午前6時のわずか8時間で成し遂げたという快挙を誇っています。短時間で大工事や交通ルールの変更が成し遂げられたのは、綿密な計画と地元の住民の協力の賜物です。午前6時には、左側通行を体験しようとマイカーで乗り付けた人や見学に来た人でにぎわっていた記録もあるほどです。
(石垣島PR情報より)

石垣島1号目の信号機会
今日は石垣島をバスガイドさんの説明を聞きながら回りました。何回も通っていた交差点にあるシーサーの「730」の意味を初めて知りました。第二次世界大戦後直ぐに交通ルールの変更をその当時占領していたアメリカ軍に提案されていたにもかかわらず、沖縄が本土復帰した後6年、戦後33年も経っています。石垣島は沖縄本島とは違い、アメリカ軍が上陸することはありませんでしたが、同じ頃、戦火から逃げるため隠れた防空壕で蚊(マラリア)に刺された事により沢山の人々が亡くなったと聞きました。
「730」の持つ意味は、沖縄県に本当の意味での戦後(終戦)を表しているのかもしれません。
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